スポーツの秋、運動をするには快適な時期を迎えました。
私の次男坊は、長男坊とともにスイミングを幼少のころから習ったこともあって、大のプール好きです。
週末は私とともにリフレッシュプラザ柏に泳ぎに行くことが日課になってます。
次男坊は、自己流の泳ぎ方なので、得意は潜水です。
このスイミング好きがたたって、見事に逆三角形の体格になってしまい、現在、体力が有り余って困ってます。
その次男坊ですが、幼少期から、柏陽スイマーズに通い、小学校のころからは障害者のグループで指導を受けることになりました。
もともと、始めたきっかけも、長男坊がスイミングに通っていたこともありましたが、水泳は知的障害の療養にとても良いという話を家内が聞きつけてきたことからでした。
富里の柏陽スイマーズで毎週日曜日の午後、山本コーチという女性コーチを中心に、障害者に理解のある数名のボランティアコーチに指導を受けたことを覚えています。
当然、介護者も一緒に入りますので、私と家内が交替でプールに入りました。
育成会の理事になってわかったのですが、その時分一緒に泳いでいたご父兄もいて、育成会会員の多数の方と一緒に指導を受けていたとになります。
そのメンバーの中に、当時、田中くんという、世界を目指しているスイマーがいました。
話をよく聞くと、「世界大会で優勝した」なんて言っているので、これは大変な人と一緒に練習しているのかとびっくりしたものです。
千葉市から柏市まで通っていたようで、その努力は、想像もできません。
体つきは、いわゆる鋼のようで、知的障害なんて全く見えませんし、練習もハード、いわゆるパラリンピックの世界では、トップの逸材、間違いなしでした。
そんな田中君も、練習が終わると、お母さんに「お家帰ったら、カートゥンネットワーク見せてね」とせがんでいるあたり、ふつうのお子さんなんだなあと思っていました。
次男坊は、バタ足程度の練習でしたので、小学校高学年の頃に限界を感じ、やめさせていただきましたが、その田中君がどうなったのかなあと思っていました。
そうしましたら、2年前のロンドンパラリンピック競泳男子100メートル平泳ぎ(知的障害)決勝で、予選で自らがマークした世界記録を0秒39更新して1分6秒69で金メダルを獲得したとテレビの報道で知りました。
その時、知ったのですが、当時指導していた山本コーチはがんでお亡くなりになっていたそうで、コーチとの約束を胸に、金メダルを獲得したそうです。
その記事を読むと、お母さんが「祖父母の死は理解できなかったが、コーチが亡くなった時は涙を流し続け心が折れていた。」と語っていたと書かれていました。
心技体すべての部分で、山本コーチと相通じていたのでしょう。本当にすばらしいことです。
どんなに知的障害があっても、困難を互いに乗り越えれば、心は通う。こんなすばらしい絆を作れるのは、もしかしたらこんな子どもたちなのかもしれません。
今は、千葉市の作業所に通いながら、次のパラリンピックをめざしているのかもしれません。
もし、続けているのであれば、次のパラリンピックで2連覇を期待しています。
PS 田中君の努力を私の次男坊には伝えられませんが、せめても好きなスイミングを続けさせてあげたいと思います。
iwakin
いわきんさん、すてきなお話ですね。
何かを続けるのは大変なことです。我が家も2人の子供が小さいころスイミングに通っていましたが、子供の気持ちの波に親の忍耐が続かず、引っ越しをした後は続きませんでした。それでもダウン症の次男が高等部の頃、健康維持のために思い切って柏で一般のスイミング教室に入れてもらいました。小学低学年の子供たちに混じって1人だけ体の大きい次男がいて、時々妙な行動をとるのを2階の観覧席ではらはらしながら見ていましたが、若い女性コーチの笑顔に励まされて、その内ビート版なしで泳げるようになりました。いろんなコーチにかわいがってもらい毎週楽しんで通っていたのですが、3年通った頃スポーツ教室が運営困難となり閉鎖してしまったのです。とても残念でした。
最近のことですが、外出介護でプールに行った時、自分でビート版を使って25メートルプールを泳いだらしいのです。それまではいつも水の中をまるでラッコのようにくるくる回るように泳いでいたのが、このときは25メートルをバタ足で泳いだらしいのです。へえ~、と驚きでした。次男の中にどんな気持ちが動いたのか、ここ数年表情の変化がなくなり、毎日淡々と通所する次男を見ている私にはちょっとうれしい変化でした。昔のことを思い出したのかな~。
何かを続けるのは大変ですが、続ける可能性があるなら、きっといいことがついてくると思います。
育成会のこと、子供のためにと思っていましたが、自分のためにも頑張ってみましょうか。
私から、真剣にご指摘申し上げますが、後少し頑張れば、ビート板なしで25m泳げますよ。
そうしたら、大会に出場できます。次に入賞して・・・。
なんて、煽ると、本当の主旨から逸脱してしまいますか。
ただ、もし、ご本人に目標が持てるようになりば、さらにレベルアップするような気がしますね。
くまもんラブさんご指摘のように、私たち自身の挑戦になるのかもしれませんが・・。
そんなご縁があったのですね。それにしても、障害者の親なのに、私はパラリンピックとかあまり障害者のスポーツに関心がないのはなぜなんだろう。テニスの国枝選手をやっと知っているくらい。次回のパラリンピックでは、田中君を応援しようっと。
国枝選手もゴールドメダリスト。
私たちの身近に、ハンデを克服して、世界で活躍した選手も沢山いるのですね。
その努力・ご両親の思い、参考にお聞きしたいですね。
ちなみに田中君やお母様のお話も、一度聞いてみる価値はあると思います。私が調べた範囲では、パラリンピックでも、知的障害の部門が最も遅れていたとのことで、田中君の種目もギリギリで種目に採択されたようです。
そうなると、まだまだ、世界的に知的障害者の理解の浸透か゛完璧なのか疑問です。(私たちのの身の周りは改善しつつありますが・・)